「──別に、書いてしまっても構わんのだろう?」
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「あれ、舞弥さん?」
続く聖杯戦争の合間、張り詰める緊張の糸が僅かに解けたその日は、アイリスフィールとセイバーは切嗣が彼女達の為の拠点として用意した古めかしい武家屋敷で心のケアに勤しんでいた。
そんな中、一人今日もまた飛び回る切嗣とは裏腹に、アイリスフィールの一応の護衛を言い遣わされていた舞弥が一人で屋敷を出て行ったところを、彼女が見咎めた事が発端であった。
「どうかしましたかアイリスフィール」
「ああ、セイバー。うん、舞弥さんがね、ついさっき出て行ったの」
「はあ。それが何か?」
「切嗣の指示で私の傍を離れる事はこれまで何度かあったけど、その時はいつも何かした告げて外出してたのよ。でも今回はそれがなかったから、どうしたのかなって」
「……なるほど。切嗣の密命か、私事のどちらかですね」
ダークスーツに身を包んだセイバーが呟く。
「どっちにしても、今の情勢で一人で出歩くのは色々と良くないわよね?」
「ええ。幾ら彼女が鍛えられた者であっても、サーヴァント相手には太刀打ちできません。こんな昼間から出歩いている者や……まああのライダーならありえそうですが、仮に他の敵と出会ってしまえば最悪の結末もありえるでしょう」
「そうよね……セイバー、追いましょう。舞弥さんが何処に向かったかは知らないけど、貴方の足なら追いつけるわよね?」
「無論です。しかしアイリスフィールの足では……」
此処にアイリスフィールだけを残していくのも色々と拙い。しかし彼女の速度に合わせてはきっと追いつけないだろう。
そんな思索の中、アイリスフィールは微笑んだ。
「ふふ、大丈夫よセイバー。貴方に運んでもらうわ」
「は? それは……」
セイバーが言いさして、アイリスフィールは自らよりも小柄なセイバーの胸に飛び込んだ。慌ててセイバーは彼女の身体を支え、軽々と、まるでお姫様抱っこのように抱え上げた。
「……まさかアイリスフィール。この格好で走れと?」
「うん。ずっとは流石に恥ずかしいし、道も遠慮して欲しいかな。出来れば屋根伝いに、ちかくまで運んでくれればいいわ」
「はあ……それは構わないのですが。私はタクシーなどではありませんよ」
「あら、私をエスコートしてくれるナイト様でしょう? お願い」
そう言われて微笑まれては是非もない。セイバーはこれ見よがしにもう一度溜め息をついて、
「分かりました。しっかりと掴まっていてください」
「うん」
その身体からは窺い知れない脚力を以って、人間一人を抱えたままセイバーは跳躍をする。隣家の屋根へと一息に飛び上がったセイバーは、そのまま風を切るかの如く走り出す。無論、腕の中のアイリスフィールにかかる負担を最小限に抑えて。
程なくアイリスフィール達が消えた舞弥の姿を捉えたのは、商店街の入り口だった。
「ここでいいわセイバー。ここからは隠れながら追いかけましょう」
「は? アイリスフィール、私達の目的は舞弥と合流する事では?」
「いいえ、違うわよセイバー。今舞弥さんは何か目的を持って動いているわ。その目的を探る義務が私達にはあるの」
「…………」
何かそれっぽい事を言っているように聞こえるアイリスフィールの言葉だったが、セイバーは疑いの眼差しで見やった。
「……探り出して、どうするのですか?」
「もちろん舞弥さんとの仲を深めるのよ。言っちゃなんだけど、まだあの人の事よく分からないから。切嗣の指示でもなく自分の目的の為に動いているとしたら、それを知ればきっともっと良く舞弥さんの事が分かると思わない?」
「…………はあ」
「それに、気になるでしょう? 舞弥さんが私達に告げずに出て行く理由っていうのが」
「アイリスフィール……そちらが本音ですか」
はあ、とまたしてもセイバーは溜め息をつく。まあ何れにせよ追いついた事だし、見張っていれば仮に他のサーヴァントが現れても即座に迎撃が出来るだろう。
まさかこんな人ごみの中に現れ戦闘行為を行うとは思えないが、あのキャスターや狂乱に囚われたバーサーカーならありえない話でもない。
「分かりました」
仕方なく頷き、セイバーとアイリスフィールは物陰や人ごみに紛れながら商店街の奥へと進んでいく舞弥を追跡した。
程なく彼女は一件の店の中へと入っていった。アイリスフィールやセイバーには必要のない、けれど舞弥には必要な食料品の買出しかと思えば、彼女が入っていったのはスーパーマーケットでもコンビニエンスストアでもなく、洋菓子を専門に扱う喫茶店だった。
「……アフタヌーンティー?」
「こう言ってはなんですが、彼女がこんな状況下でそんな暢気な真似をするとは思えないのですが」
「そうよね。私もそう思うけど……あ、席についたわ」
物陰に隠れ、ガラス越しに見える舞弥はメニュー片手に店員になにやら注文し、ウェイトレスの女性は目をぱちくりとさせていた。
何れにせよ、どう見てもアイリスフィールとセイバーの裏切り、閑静な午後に愉しむティータイムにしか見えなかった。
「……まあ彼女のイメージじゃないけど、別にどうという事はないわね。隠すほどの事でもないと思うんだけど」
「確かに。しかし我々に内密に行う以上はやはり何か……」
そこでセイバーが絶句した。アイリスフィールもまた目を奪われた。注文の品を持ってきただろうウェイトレス『三人』は、手にたトレイの上に積まれた大量の甘味──ケーキに始まりドーナツ、ワッフル、パイ、クッキーその他諸々──を、テーブルの上に所狭しと並べていった。
瞬く間にテーブルの上を埋め尽くした甘味の山。紅茶の一杯が湯気を立てているのは御愛嬌。
「これは……」
「舞弥さんの、意外な趣味……かしら」
二人はただ呆然と舞弥の奇行を眺め続ける。手にしたフォークをさくりと刺し、一口サイズにカットしたケーキの欠片を無愛想に口の中に放り込む。
直後、彼女の無表情が一変し、幸せ色に包まれた。それからの彼女の行動は早かった。テーブルを埋め尽くす甘味の山に片っ端から手を伸ばし、口にする度に頬を緩ませる。
戦場で見せる女戦士の彼女の顔はそこにはなく、甘いものを食べて幸せの絶頂に浸る一人の女性──女の子の姿がそこにあった。
セイバーにすれば意外の意外だったが、あれは彼女なりのストレスの発散方法なのではないかと思った。切嗣と共に戦場を駆け抜ける機械の戦士の、一時の休息。人は常に緊張を保つ事はできない。適度なメンテナンスが必要なのだから。
「アイリスフィール。私達は……」
それが彼女にとっての安らぎであるのなら、邪魔をするのも悪い。アイリスフィールと共にこの場を去ろうとして彼女の顔を見て、セイバーはまたしても息を呑んだ。
なんて顔をしているのだろう。悪戯を思いついた子供、という表現が似合いそうな邪悪な笑み。その容姿も相まって、凄惨でありながら美しい微笑がそこにあった。
「アイリスフィー……」
「さあ行きましょうセイバー。私達も一緒にアフタヌーンティーよ」
爛々と瞳を輝かせるアイリスフィールは予想通りの言葉を口にした。
「いえ、アイリスフィール。彼女の邪魔をするのは無粋でしょう」
「違うわよセイバー。一人での食事なんて味気ないものなの、大勢でした方が楽しいに決まってるわ」
「ですが、私にはそもそも食事は……」
「必要はなくとも食べられるでしょう? 私だって必要ないけど、イリヤや切嗣とは食べてたわよ。家族でする食事も大事だけど、仲間でする食事も大切だと思わない?」
「……っ」
セイバーの胸を締め付ける王城での食卓。無体な肉の塊を言葉もなく口に運ぶだけの簡素な食事。王と騎士はその場にあっても、同じ食卓についていても、何処か距離があった晩餐を思い出した。
「アイリスフィール……分かりました。貴方がそこまで言うのなら、付き合いましょう」
実は現代の食事に多少の興味はあったのだが、それは口にする事はなかった。
「ありがとうセイバー。ふふふ、さあ、舞弥さんはどんな顔を見せてくれるのかしらねぇ」
「アイリスフィール……貴方という人は……」
今日何度目かも分からないため息をつき、セイバーはアイリスフィールに手を引かれながら舞弥のいる店に入った。
その後──アイリスフィールとセイバーの闖入に驚き、テーブルの上の甘味と皿を見られた舞弥が顔を真っ赤にして言い訳を口にする様を、アイリスフィールは悪戯っぽく微笑みながら、セイバーはそんなアイリスフィールを呆れながら見やって溜め息をついたのは言うまでもない。
※全力で現実逃避!
舞弥の死に設定を活用。誰も書いてないような気がするんだぜ!本当は短編にしたかったけど分量的にいまいちなので此処に晒しておくのです。
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